殻を破れない

次女がスイミングに通っていて、幼稚園と小学校が同じお友達も2人同じ時間帯に通っているので、終わった後は3人でわちゃわちゃ集まって話すのが習慣になっている。必然、ママ同士も毎回話すことになる。

2人とも良い人達だし、ママ同士の文化として、「自然にタメ口で話す」というのがあって、タメ口で話している。でも、全然自然じゃない私。お互いのことをよく知らないのに、こんなに馴れ馴れしく話していいのかな、といつも不安である。でも、タメ口で話した方が距離が縮まるのが早いことも経験としてわかっているので、頑張っている。

雑談というよりは、情報交換という性質の会話が多い。子供のことについてが主で、自分自身のことについては話さない。それなりに常識人ですよ、どこにでもいる普通のママですよ、という顔をしてしれっと会話に加わっている。

でも本当は私、暇があればいつでも昼寝したいし、夜更かしして漫画読んでばっかりいるし、毎日晩ご飯作りながらお酒飲んでるような人間なんだよねー。

なんか、子育てに有益な情報とか持ってないし、自分のだめなところを曝け出して楽になりたい、みたいな気持ちがずっとある。

でも殻を破れなくて、今日も頑張って会話に参加した。気疲れ。

久々に

久々に江國香織さんの文庫本を買って、読んだ。『ひとりでカラカサさしてゆく』という本で、今の私の気分に合っていたので良かった。というか、長い本を読むこと自体が久しぶりで、まだこんな風に本を楽しいと思ってどんどん読み進んだり、涙を流したりできる自分にほっとした。近頃はXの短文をただただ流し見て時間を浪費してばかりいて、刺激的な短文に慣れてしまうと、長い文章を読む辛抱ができなくなってしまう。そんな自分にうんざりしていた。

 

次女が小学生になった。幼稚園に入った時は場面緘黙のような症状が出て環境に慣れるのにとても時間がかかったので、入学の時はどうなるかとすごく心配していた。けれども姉がいたり、同じ幼稚園の仲良しの子が一緒のクラスだったのも大きいと思うけど、次女は思ったよりすんなりと小学校生活に慣れているように見えて、ほっとしている。

 

次女の新生活(1学期の間は4時間授業で帰ってくる。早すぎる)に合わせて、今月はパートを短時間、週2程度に減らした。本当は学童に入ってもらってもっとコンスタントに働きたいんだけど、次女のような性質の子を学童に入れるのは心配で踏み切れなかった。周りの子はほとんど学童に行っているので、世の中の流れから取り残されているような気持ちになるけど、子供に無理をさせるわけにいかない、私が合わせられるならそれでいいんだと自分に言い聞かせている。

 

4月、初めのうちは新生活特有のザワザワした気持ちや不安感に襲われていたけど、次女の小学校生活が軌道に乗ってきたら、週2のパートって、家事や自分の時間もとれてちょうどいいじゃん?と思えるようになった。少し心に余裕が出たから、久しぶりに本を読もうなんて気持ちになったのだ。

 

これからの自分について考えるようにもなった。私はやっぱり、家族以外の人とほどよく雑談する機会がないと気持ちが塞ぐし、働いていないと自己肯定感が下がるので、働いていた方が良い。でも体力に自信がなく、子供達との生活も大事にしたいので、きっとしばらくはパートという働き方を続けるだろう。それにしても今のパート先は、シフトが自由なところと同僚の主婦仲間が良い人達なのは良いけど、それ以外は色々と酷いので、いずれは別のところを探したいと思っている。そのために事務スキルをもっとあげなきゃいけないな。Excelやパワポやスプシなど、今更ながらyoutubeとか見て勉強したいと思う。

 

1人で移動中につらつらと書いていたけど、目的地に着いたので、ここまで。

疲れてたんだな

10月は子供の幼稚園や小学校行事が集中するのと、長女の誕生日とハロウィンがあって(長女がイベント好きなのでハロウィンも絶対やりたがる…)、忙しかった。

 

単純に予定が多くて疲れるのもあるし、それに付随する準備も色々あり(普段とは違う持ち物や、誕生日のプレゼント、ハロウィンのコスチュームを用意したり、部屋の飾り付けをするなど)、頭の中もすごく疲れる。

 

こういう計画や準備というか、子育てにおける頭脳労働みたいな部分は基本的に私の仕事で、夫はほとんど関わらない。それが時々ムカつくけど、どこまでこだわるかは人それぞれだし、個人のセンスも関わってくる。夫に任せたところでさほどやる気もないだろうしクオリティーも担保されないので、結局のところ「私がやった方がいいからやってる」のだった。

 

でもね、本音を言えば、なーんにもしたくない。子供達のためだけにやってる。子供達に嫌な思いをさせたくないから持ち物をきちんと用意するし、子供達がやって欲しがるからイベントの準備も歯を食いしばって頑張る。

 

でもほんとはなーんにもしたくないんだ。イレギュラーなことだけじゃない。家事もご飯作りも、朝起きて子供達を送り出すことも、なーんにもしたくない。性根が怠惰すぎるし、基本的に体力がないので、普通の人が普通にやってることをやるだけでぐったりしてしまう。1日誰にもじゃまされずにずっと寝ていたいとよく思う。

 

10月を駆け抜けて、疲れ果てて、11月もずっとその疲れを引きずったままだった。そのわりには結構頑張って日々を過ごしてた。働いて、家事して、ご飯作って。ご飯作るのが一番嫌いで、作るのに1時間くらいかかってしまう。でも律儀に、お惣菜に頼らず、主菜+副菜2品は作ってた。レンジを駆使すると結構簡単に1品作れるじゃん?って最近気づいて、副菜2品作ることを目標にしてたのもある。そんな自分、偉いなあと思ってたのもある。

 

ご飯作って、ああ面倒くさいな。その後子供達お風呂に入れて。もう体と頭くらい自分で洗ってくれないだろうか。子供だけで入って欲しいな。1人になりたい。いつまでこんな日々が続くのか。なんかもういい加減嫌になってきた。

 

頭の中がそんな考えに埋め尽くされてしんどくなってたら、インフルエンザになった。そもそもは夫が会社で貰ってきて週末ずっと寝ており、普段なら夫がいて多少楽になるはずが平日と変わらずワンオペになってしまい、イライラが頂点に達して。病人に対して全然優しくできない、私はなんて酷い人間なんだろうと思ってたら、次女が発熱し、私にもうつった。

 

それから1週間ほぼ外に出ず過ごした。幸い夫が回復後はしばらく在宅勤務をしていたので、罹患していない長女の世話は夫に任せ、私と次女は隔離生活を送ることができた。症状が結構重かったのもあり、数日は朝寝坊して、昼間も寝ていた。ご飯はお惣菜を夫が買ってきた。

 

久しぶりにたくさん寝られた。ご飯も作らなくて済んだ。最初は体がしんどかったけど、正直楽できて嬉しかった。ああ私疲れてたんだな!心から思った。そして数日くらいお惣菜でも全然問題なかったので、これからもっと楽しようと思った。

 

今は回復して日常に戻っているけど、私の体が怠惰な生活にすっかり慣れてしまい、なかなかエンジンがかからずにいる。夜更かしして朝もギリギリまで寝てるし、ご飯作るのも面倒で少し前のように頑張れない。部屋も散らかったまま。本当はやりたいことが色々ある。いつになったらエンジンがかかるのか。こんなんでいいんだろうかとうんざりするけど、それでも、まいっか、と思える自分でいたいよね。

今の私

眠れない夜、ふとブログのアプリを久しぶりに開いてみたら、ずっと更新を続けている方々がいて。

自分の昔のブログも読み返すと面白くて、今の自分とも全然違うなと思ったので、また書いてみる。

 

今の私が一番好きだなと思う。いつだって。

若い頃は失敗が多かったけど、私の良いところはそれを反省して変わってゆけるところなので、生きれば生きるほど、失敗は減っていってる感じがする。

今の自分は今までの人生の中で一番おしゃれだし、メイクもだいぶこなれてきたし(肌荒れもありずっとメイクが苦手だったのが最近楽しめるようになってきた。もっと若い頃にそうなれればよかったとは思うけど)、ママ付き合いをこなしているうちにだいぶコミュ力もついてきた。

子供達が繊細で手がかかるタイプで、なかなか働くことができずにいたけど、1年前にようやくパートを始められて、普通に仕事できてるし、パート仲間ともランチに行くほど仲良くなれた。

子供達はそれぞれ色々あるけど、なんだかんだやっぱり可愛いし、少しずつ手がかからなくなってきてはいるし、夫は寛容で育児に協力的でありがたい。

ロックが好きとか言ってたけれど、数年前に突然男性アイドルグループの沼に落ちて、今では年何回もライブやら舞台やら観に行っちゃってる。結構楽しいよ。(相変わらずラジオは好き、今のイチオシはSixTONESオールナイトニッポンサタデースペシャルと、アンガールズのジャンピン←ポッドキャスト)

悪くないじゃん?それなりに幸せじゃん?って思う。

 

こんなことを書こうと思ったのは、こんな風に幸せだけど、それでもふと過去の嫌な出来事に囚われて自分が嫌になってしまうことがあるから。育児と家事に疲れて、こんな日々がずっと続くのかなと絶望してしまうこともあるから。

心の中が黒い気持ちで塗り潰されてしまいそうになった時に自分に自信が持てる、今が幸せだと思い出すことができるお守りみたいにできればなと思って、ダラダラ夜更かしして書いてみた。今3時40分、いい加減寝ようね。

 

また文章書きたくなってきたな。

人との出会い

 

感染者数の増え幅がえぐい。でも私は今日友達とご飯に行ってきた。完全なる自己責任で、これで何かがあったとしたら家族に申し訳ないしかない。だいぶ前からの約束で、高級店のためキャンセル料もかかるとのことで、お金と天秤にかけて行くことに決めた。全然気は進んでなかった。

 

でも終わってみれば楽しかった。コロナで連絡を取るきっかけもなかなかなく、3年ぶりに会った。最初は微妙な気持ちだった。でも、会ったらやっぱり会ってよかったと思った。控えめにしようと思っていたのに会話は弾んで、いつのまにか人生について話していた。

 

同じコミュニティで、同じ時間を過ごした学生時代の仲間たち。それから15年経った今となっては、それは人生の中の本当に短い期間だったと思う。今の自分はその時とは全然違う。でも未熟で、自分を全部さらけ出して過ごすしかなかったかつての日々。それを共有してる友達って、やっぱり特別なんだと思った。趣味も性格も合わなくったって。

 

今大人になって、生活しかしてない。深いことに思いを巡らす余裕もなく、新たなインプットもない。でも積み重ねてきた日々の中でそれなりに思うことはある。それを語るのに、自分の背景を知ってくれているのといないのでは、全然違う。

 

私以外はみんなめちゃくちゃ賢くて、立派な企業でバリバリ働いている子達なのよ。専業主婦の自分なんて、立ち位置から劣等感しかないじゃん?しばらく会ってなかったら、そんな気持ちも益々膨らむじゃん。

 

でも!やっぱり会えば楽しい。働いていることや、お金を稼いでるとか関係なく、こんな自分のことを、ユニークだ、面白いと心から言ってくれる。なんてありがたい存在なんだろう。また明日から頑張ろうって思えた。

 

こういう会話はやっぱりリモートではなかなか弾まない。今日の自分の行動は何にも言い訳できないけど、会うことは大事だと、改めて思えたひとときだった。