1年間勤めた職場のこと


 パートで1年間勤めた職場を辞めて、そろそろ1週間になる。生活にめりはりがなくなって、何となくぼんやりと過ごしてしまう。前、働いていなかった時は、何をしてたんだっけ。ジムとか行ってたな。今、行けないからなー。里帰りまであと1ヶ月ちょっと、やることは色々あるはずなのだけど。

 勤務の最後のほうは、出社する度に心の中でカウントダウンしては、寂しくなっていた。産休制度もあるし、できるならこのままずっとここで働きたかった。でも夫の仕事がこれからどうなるのか、この先どこで暮らしてゆくことになるのか、まだ見えないから。いつかこの街に戻ってくる可能性もなきにしもあらずで、そうなったらまたこの会社の求人を見てみよう、なんて思ったりする。

 そんな風に思うくらい、いい職場だった。たぶんもっと長く勤めたり、もっと責任のある立場だったりしたら不満も出てくるのだろうけど、びっくりするくらい何の不満もなくて、仕事の内容も、一緒に働いている人たちのことも好きで、楽しく働いた1年間だった。

 退職した日は、月に1回の会議の日だった。一緒のチームの人たちが全員出社して、担当の社員さんも来る日だから、シフトを作っているリーダーが、最後の日をその日に合わせてくれたのだ。会議の終わりに、みんなに向けて退職の挨拶をした。先月、同じように妊娠して退職した人がいて、挨拶をすることがわかっていたので、その日は朝から頭の中でずっと、なんて言おうかな、って考えてた。

「みなさん本当に親切で楽しい方々で、私自身もとても楽しく働くことができた1年間でした。至らないところもたくさんあったと思いますが、本当にお世話になりました。ありがとうございました。」

平凡だけど、そんなようなことを、みんなの顔を見ながら話したら、一人の人が、「ちょっとうるってきちゃったよ。」なんて後で言っていて、私もちょっとうるっときた。

 午前中いっぱい会議で、普段なら半分くらいの人は午前だけで帰るのだけど、その日はみんなお昼ご飯を持ってきて、送別会を開いてくれた。そのまま、会議室の大きな机を囲んでご飯を食べた。デザートにプリンも用意されてた。私も最後のお礼として、アンリ・シャルパンティエのフィナンシェを買ってきていて、みんなに配ったけれども、なんか値段のわりにちっこいのよね、アンリのフィナンシェ。おいしくて使い勝手がよくて、大好きなんだけど、今回ばかりは、もっと大きいものを買ってくればよかったなあ、とか思った。私の気持ちの大きさに足りないってゆうかさ。その後、個別でもちょこちょこと送別のプレゼントをもらったりして、うれしくて、申し訳なくて、ますますそう思った。最後のお昼も、いつもみたいにたくさん笑った。話題は、「夏休みの宿題、いつやるか問題」「エレベーターでおならする人」など。
 
 午後の仕事はどうにも上の空だった。でもあっという間に時間は過ぎ去って、身の回りのものを片付けて、社員証も返して、再び最後の挨拶。シフトによって退社時間が違うから、まだ仕事中の人もいるんだけど、立ち上がってみんな見送ってくれた。リーダーの人が、「なんか寂しいねー。」って言ってて、なんか、わりとほんとに寂しそうで、働いたの、たった1年だけだったのに、そんな風に言ってもらえてありがたいなーって思った。私もほんとうに寂しい。

 実は、在宅でも細々とこの仕事を続けられそうなので、ご縁はまだつながっている。育児で休み休みになってしまうだろうし、お金はだいぶ安いけれども、細く長く、これからもつながっていけたらなあ。と思う。


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 以前、正社員として働いていた職場を辞めた時、私はどこか心の中にわだかまりを残していて、それはその職場で色々な失敗をしてしまった、という後悔があったからだった。その反省があって、今回は、失敗しないようにしよう、失敗しないようにしよう、とわりと用心深く働いていた。その自分の心がけの結果、今回はこんな風な気持ちで退職することができたので、よかったな。前の失敗を、少しだけ取り戻したような気持ち。人生ってこんな風に、新しい環境に飛び込んでみれば、以前失ったものをまた、取り戻す機会がめぐってきたりするものなんだろうな。

 ボロを出さないように、とあまり話しすぎないようにしていたこともあり、最初のうちは、自分を出せない、という感じもあった。でも、別にそれはそれで構わないっていうか、そういう状態にも慣れるし、少しずつコミュニケーションを取ってゆくうちに、言葉の端々や、体の動きなんかから、自分の欠片みたいなものはポロポロとこぼれ落ちてゆくもので。いつの間にか、その中でのキャラみたいなものも、何となく形作られてたなあ。それをそのまま受け入れればいいんだな。

 こういう色々な感慨も、きっと通り過ぎたら、薄まってしまう。でも、忘れないようにちゃんと記しておこうと思った。色々な学びのあった1年間だったな。