本棚の10冊で自分を表現するやつ


今週のお題「人生に影響を与えた1冊」と、色々なブログで見かけた表題の件を、やってみる。だいぶ乗り遅れた感はありますが。

1,江國香織きらきらひかる


江國香織さんの本で初めて読んだのは「つめたいよるに」というショートショート集(それも好き)。その文庫本の後ろのほうに他の著作の紹介がのっていたのだけど、「きらきらひかる」の「妻はアル中、夫はホモ。セックスレスの奇妙な新婚夫婦を軸に描く、素敵な愛の物語。」という短いあらすじがいたく気になった。当時私は小学6年生とかだったから、危険な単語ばかりが散りばめられている感じがしてすごくドキドキしたけど、勇気を出して本屋で買ってみた。
読んでみたらそれは別にちっとも危険な話ではなく、それぞれに悲しさやどうしようもなさみたいなものを抱えながらも、日常をやり過ごしている人たちの話だった。無解決なのに、なぜかハッピーエンドみたいな不思議な読後感で、それまで起承転結がある物語ばかりを読んでいたので、こんな終わり方があるのか、と新鮮だった。

きらきらひかる」については、このエントリにもちょっと書いている。anohika.hatenablog.com


きらきらひかる (新潮文庫)

きらきらひかる (新潮文庫)


2,井上靖「夏草冬濤」


井上靖さんの自伝的小説の三部作「しろばんば」「夏草冬濤」「北の海」、どれも好きなのだけど、強いていえばこれがいちばん好き。
どうしてこのシリーズがこんなに好きなのか、考えてみると、主人公のキャラクターが魅力的なのだと思う。つまりそれは井上靖さん自身の魅力なのだろう。複雑な家庭環境の中で育ち、状況を客観的に見る目をきちんと持っていながら、余計なノイズに惑わされずに、自分が好きなものをちゃんとわかってる。そんな感じ。
「しろばんば」では超良い子の小学生だった主人公洪作が、「夏草冬濤」では中学に入って文学好きの不良がかった上級生たちと仲良くなり、「北の海」ではなぜか柔道にドはまりする。そんな流れだったかな。うろ覚え。

井上靖さんについては、このエントリにもちょっと書いている。anohika.hatenablog.com


夏草冬涛 (上) (新潮文庫)

夏草冬涛 (上) (新潮文庫)

夏草冬涛 (下) (新潮文庫)

夏草冬涛 (下) (新潮文庫)


3,樋口一葉にごりえ


樋口一葉、現代語訳がないと読めませんよね。「たけくらべ」ならガラスの仮面でなんとなくあらすじ知ってるけどね、みたいなね。わかります、わかります。私も自分から手に取ることはなかったと思うけど、大学(国文学科だった)の授業で取り扱って、結局卒論もこれで書いた。男女のディスコミュニケーションとか、言葉で伝えられることの限界とか、結構現代に通じるテーマが色々と含まれた物語。
そしてこの人の作品は一文が長いのですが、その流れるような文体は、慣れるととても美しいです。結構影響受けてます。

行かれる物なら此まゝに唐天竺(からてんぢく)の果までも行つて仕舞たい、あゝ嫌だ嫌だ嫌だ、何うしたなら人の聲も聞えない物の音もしない、靜かな、靜かな、自分の心も何もぼうつとして物思ひのない處へ行かれるであらう、つまらぬ、くだらぬ、面白くない、情ない悲しい心細い中に、何時まで私は止められて居るのかしら、これが一生か、一生がこれか、あゝ嫌だ嫌だ

胸を衝かれるような、ヒロインの絶望の描写。青空文庫より引用。


にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)

にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)


4,夏目漱石「こころ」


漱石に関しては、「三四郎」とか「それから」の方がほんとは好きなんだけど、「こころ」は高校の授業でもやったし、大学の授業でも1年かけて精読したりしたので。やっぱり自分にとっては特別な作品ではあると思う。先生とか、性格あんまり良くないというか、うっとおしくて好きじゃないんだけどね。「精神的に向上心のない者はばかだ。」って、そんな言葉そんな出てこないよ普通。
明治の文豪の中ではやっぱり漱石が好きで、それはエゴイズムに悩み続けて、個人主義とか、則天去私とか、そういう心境に至って、そうゆう一連の感じが、とっても人間らしいから。浮世離れした人より、人間らしい人がいつも、好きなんです。


こころ (ちくま文庫)

こころ (ちくま文庫)


5,伊坂幸太郎「重力ピエロ」


一時期伊坂幸太郎さんの本にドはまりして、たくさん読んだ。久しぶりに読書体験の面白さを思い出させてくれた人。その中でもこれがいちばん好きだった。
この人の小説の主人公って、信念があって、道徳的な正しさよりも信念を貫くことが大事なんだよ、みたいなことを一貫して言い続けてるような感じで、なんかパンクだなあって思ってた。


重力ピエロ (新潮文庫)

重力ピエロ (新潮文庫)


6,枡野浩一「あるきかたがただしくない」


歌人枡野浩一さんのエッセイ。漫画家の南Q太さんと離婚した後、子どもと会わせてもらえなくて、その悲しさをひたすら綴りまくっている。
なんだろう、ネガティブさも極めるとひとつのジャンルになるというか、エンターテイメントとして昇華できるんだろうな、と思わせてくれたエッセイ。枡野さんの活動を追っていると、色々な紆余曲折があって、ネガティブさがほんとうにのっぴきならないところまで達してしまっていることもあるんだけど、作品という形で抽出されると、私にとってはいい塩梅になる。
枡野さんの短歌も好きで、句集も色々持っている。あとこの方がエッセイなどですすめている本にはあまりはずれがなくて、この方をきっかけに他の色々な本に触れることができた気がする。応援しています。


あるきかたがただしくない

あるきかたがただしくない


7,長嶋有「猛スピードで母は」


上に書いた枡野浩一さんは長嶋有さんの別の作品「パラレル」を激推ししていて、それもとても良かったけど、私はこの作品が好きだった。芥川賞受賞作。
ずっと静かで低い温度の文章が続いていて、状況が少しずつどんづまって、なんか辛い、辛い…ってなった時に、「物語が動いた」!って感じの場面があって、そこがすごく好き。


猛スピードで母は (文春文庫)

猛スピードで母は (文春文庫)


8、町田康「告白」


なんっかうまくいかねえなあ、なんっかうまく言えねえなあ、みたいなことが積み重なって、追いつめられて、どんづまってゆく。そして壮絶なラストへ。
読みながら、主人公の、熊太郎は、私だ。みたいに思える瞬間が、たくさんあった。でも、あのラストへと続いてゆくと思うと、こわくて何だか、読み返せていない。でも大好きで大切な作品。
町田康さんの文章はなんとも言えないグルーヴ感と「プッ」て感じの絶妙さがあって、読みにくいけど好き。


告白 (中公文庫)

告白 (中公文庫)


9、村上春樹ノルウェイの森


これをいれないわけにはいかないんだろうなあ。大学生のある時期の自分にとって、特別だった作品。
一時期色々なストレスが重なって、言葉がうまく出なくなったことがあって、何かを言おうとしても、言葉の順序があべこべになってしまったり、どもってしまったりした。そうしてちょっとした温度差や刺激で、体中にじんましんが出るようになった。辛い辛い時期だった。
当時の私は直子の言葉にいちいちシンクロしていて、少しずつ損なわれていく直子が悲しかった。
私には直子のように特別不幸な出来事があったわけでもなかったのに、日常のちょっとした違和感の積み重ねが、心身の症状になってふいに噴出した。そういうこともあるもんだ。今はそれなりに普通に元気にやっていて、当時の自分がとても、不思議。今の自分にはあの時みたいな読み方はできないと思う。


ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)


10、村上春樹「村上さんのところ」


村上さんが2冊続いちゃった。それほど村上主義者ってわけじゃないんだけど。
やっぱり思い出の中ばかりじゃなくて、「今」読んでいる本を入れたいなあと思って。最近、書籍版の「村上さんのところ」を、ちょっとした空き時間や、移動時間や、お風呂の中なんかで読んでいて、読む度にとても癒やされている。
ぼんやりとした幸せと、ぼんやりとした不安。そんな日常の中で、これからどこに向かってゆくのかわからないけど、今目の前にあることをこつこつ積み重ねていけばいいんじゃない。そんな風に思える。ふと、動きが止まりそうになった時に、基本に立ち戻らせてくれる。そんな感じの言葉たち。


村上さんのところ

村上さんのところ


長くなってしまいました。あと全体的に暗めですね。ちょっとはずかしい。