少しずつ母に


お久しぶりです。娘は6ヶ月。むちむち元気で育っているけど、寝返りができたのはつい最近で、少しゆっくりだったのかもしれない。

寝返りをおぼえるまでは抱っこ抱っこで、抱っこしても足をぴーんとのばしたり首をぐーんとそらせたりで結構じっとしてなくて、もっと動け、もっと色んなものが見たいんだ、とばかりの勢いを感じていたのですが、寝返りするようになったら、自分でぐいっと首をあげて、色んなものが見られるようになって、触りたいものにむかってじたばたと手足を動かし、ずりばいも練習中といった感じで、だいぶ世界が開けたみたいだ。

そうしたら、そんな感じでずっとひとりで遊んでいて、わりと放っておいても大丈夫な時間が増えてきて、あれ?って感じで、今ものすごく、楽。

寝返り返りをおぼえたら、コロコロとどこまでも転がっていくんだろうし、そのうえはいはいや立っちをおぼえたら、どんどんと目が離せなくなっていくんだろうから、今はボーナスタイムなのかも。

それで、楽で、純粋に娘を愛でられる心の余裕がでてきたみたいで、今娘がかわいくてしょうがないのです。娘は娘で、実家にいるのでじじばばもいるけど、やっぱり私と過ごす時間がいちばん長いからか、そばを離れると泣く、みたいのが私にだけ発動したりして、そういうのもキュンキュンします。ああかわいいな。

やっと母になってきたかな。私。なかなかやってこなかった、この感覚。まじりけなしの愛おしさ。

夫はわりと娘が生まれた瞬間から(立ち合った)、父性全開100%って感じで、でも私は、そうではなかったんだよね。

もちろんかわいい、もちろん大切だ、でも娘は、突然私の生活の中にあらわれた小さな生き物、って感じで、どこか客観性がずーっとあった。

無痛分娩だったからかな?と、無痛反対論者に「それみろ」と言われそうなことを考えたりもした。痛みを感じないと母親になれないみたいな。

たぶん夫が特殊な単身赴任中で、実家にいるというのも大きい気がした。いつまでたっても、私自身の娘気分が抜けないのだ。

だけど、どんな状況でも、すぐに母になれる人はきっとなれるし、ゆっくりな人はゆっくりなんだろうと最近は思う。その人それぞれのペースがあるんだ。

色々な出来事を経て、少しずつ母になってゆく。

お宮参りやお食い初めで、あれこれ段取ってどたばたしたり。月齢が近い友達の赤ちゃんと会って、娘の成長に不安を感じたり。コロリンと寝返りして、喜んだり。家族3人で初めての温泉旅行に行って、水入らずの時間を楽しんだり。眠れない夜中に、生まれてすぐの娘の写真を眺めて、大きくなったなあとしみじみしたり。

そういうささやかで、でもすごく幸せで、ふと振り返ると涙がでそうな日々を積み重ねてる、今。からりと晴れて、気持ちのよい日に、ベビーカーで娘と公園に散歩にきて、娘がうとうとと眠っている横で、ブログを書いてみました。あ、起きた。