息継ぎできた日


ひとりで外に出て、自分の時間を取り戻している時間が好きだ。ふとそう思った。今私は近所の喫茶店にいる。

今日は晴れていたので、朝から寝具の類をすっかり洗濯したり干したりした。その勢いで、台所や洗面所の細々としたものをせっせと片付けたりもした。あとは、夫が今度、同期の結婚式の二次会の幹事をやるので、ゲームの景品の手配をしなくちゃいけなくて、それを代わりにネットで探して買ってあげたりもした。自分のものを買う時は頑張って最安値を探すけど、人のものだし、会費でまかなわれるものなので、気楽にぽちっとできた。

そんなことをしていたら、何も食べないまま、13時をまわっていた。急激にお腹がすいて、何か食べなくちゃと思って、この喫茶店に来たのだった。

喫茶店に入った時はランチのお客さんたちで席が埋まっていて、話し声がにぎやかだったけど、14時をまわるとみんなどんどん出て行って、今はお店に私ひとりだけだ。超居心地悪い。落ち着かない。このお店、ずっとあいてるんだよね。ランチの時間終わったら、いったん閉めるとかいって、追い出されたりしないよね。不安。

ほんとうは、お昼を食べ終えたら、たまっていた家計簿を喫茶店でつけようと思って、持ってきたのだ。(7月後半に仕事を始めて、驚くべきことに、それからずっとたまっている。)でも、家計簿や電卓なんかをここで広げるのが、恥ずかしい。自意識がやるべきことの邪魔をする。だからといってただぼんやりとコーヒーを飲んでいるのも手持ち無沙汰で、とりあえずブログを書き始めてみた。何かに集中している体で、堂々とする。でも書き始めると、楽しくなってきた。

私はよく、家だと集中できないから、どこか外のお店で読書したり、勉強したりしたいと思って、一式を持って出かけることがあるけど、それで読書や勉強に集中できたことなんてほとんどない。やっぱり、自意識がじゃまをする。もしくは、実際に来てみると、面倒になる。

それで大抵はスマホをいじっている。上手にぼんやりしたりできない。頭の中に、たえず何事かが浮かんでは消える。それをただ、書き留める。

でも、気づくと気持ちがすっきりとしている自分がいる。私は、結局のところ、思考することから逃れることはできないというか、それを言葉に落とし込むことでしか、すっきりできないのかもしれないと思う。

このところずっと、詮ないことばかりを考えて、寂しさがはりついているようだった。それも言葉にしたいという気持ちはあったけど、形にすればするほど、寂しさがくっきりとしてしまいそうだし、今自分がどうすればいいのか、何ができるのかなんて、言葉にするまでもなく、わかってた。

だから、今日みたいに、ふと、息継ぎができたような日。なんとなく気持ちがすっきりとした時。そういうほうを、言葉にするのがいいと思った。そして、そういうのって大体、一人でこんな風に外に出た時だったりするんだな。あと、寝具を洗濯するのって、私にとっては結構なストレス解消だったりする。

今、新しいお客さんが来たので、ちょっとほっとしている。でもそろそろブログを書き終えるので、出よう。図書館に行こうっと。家計簿はもうあきらめた方がいいのかも。

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