待っていたわけじゃないのだ
今週のお題「飼ってる、飼ってた、飼ってみたい!」
今まで、ペットらしいペットを飼ったことがありません(金魚くらい)。
だから、友達の家に遊びに行った時に犬がいると、どう接していいかわからなくて、いつも戸惑ってしまいます。
しっぽを振って、今にも飛びついてきそうにはしゃいでいる犬ちゃんを見ると(大抵の犬ちゃんはそんな感じな気がする…)、
ああ、わしゃわしゃってやってあげなきゃいけないかな…でもやり慣れてないからこわい…
みたいな迷いや葛藤が生まれて、頭の中がぐるぐる。
そんな私の横で、一緒に遊びに来た友達(実家にペットを飼っていたりする)が、かわいいー!!なんて上手にわしゃわしゃしてたりすると、なんだか劣等感に苛まれてしまいます。
ああ、こんな風に無邪気にわしゃわしゃできない自分…すいません…
みたいな。
上手にわしゃわしゃできる人の方がその家の人にも歓迎されるんじゃないか、なんて被害妄想さえ生まれてきてしまう始末。
そんなことがあるので、私にとって犬は結構悩ましい存在です。
でも、猫はなんだか平気なんですよね(猫は「ちゃん」をつけなくても大丈夫感ある…)。
猫がいるおうちに遊びにいっても、猫はいつも気ままにしていて。
気が向いたら静かにすり寄ってきてくれるし、ずっと隠れていたりすることもある。
わしゃわしゃしなくちゃ!っていうプレッシャーもなくて、あー、なんか楽だなーって思います。
村上さんがよく言ってるみたいに、いつか気の良い黒猫を飼いたいなーなんて。
ふと思い出したのですが、江國香織さんの「きらきらひかる」という小説に、こんな文章があります。
(適宜原文にはない改行を入れています)
「ただいま」
ふりむいて、お帰りなさい、と言うときの笑子の顔が、僕は心の底から好きだ。
笑子は決して、うれしそうにでてきたりしない。
僕が帰るなんて夢にも思わなかった、というような、びっくりした顔をして、それからゆっくり微笑むのだ。
ああ、思い出した、とでもいうように。
僕はとてもほっとする。
僕がでかけているあいだ、この子は僕を待っていたわけじゃないのだ、と思う。
夫が仕事から帰った時の妻の態度についての描写で(この小説の夫婦はちょっと一般的な夫婦とはかけ離れているけど…)、とっても素敵な文章なのですが、私の猫に対する気持ちって、こんな感じかもしれないな。
自分を待っているわけじゃないから、ほっとする。
この小説、思春期の頃に読んで、ずっと大好きでした。
江國香織さんは、今では恋愛小説の作家というイメージですが、児童文学から出発された方なので、初期の作品は童話に近いような不思議さがあって。
新潮文庫の「つめたいよるに」「きらきらひかる」「こうばしい日々」「ホリー・ガーデン」あたり、何回も読み返したなあ。
その頃はまだ恋もしたことのない私(超ダサ中学生)でしたが、今読むとまた違うんだろうな。
久々に読み返したくなりました。
- 作者: 江國香織
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※昨日書いた「言葉は発明だけど」という記事、すこし思うところがあり、青字で一部追記しました。